コラム: 合気道をやって人格を磨くことはできるのか?
📰 出典: ニュースレター2025年3月度

「武道には人格を磨くという要素がある」とはよく言われますが、皆さんは合気道を始める前と比べて「自分の人格は優れたものになった!」と胸を張って言えるでしょうか?
正直、私自身は合気道が人格形成につながるかどうか自信がありません。 ただ、何か掴めそうな気がする。そんなふわっとした話をしたいと思います。
武道家に人格者は多いのか?
一つ、印象的な体験をお話しします。
先日、品川体育館の更衣室で袴を畳んでいたら、剣道の先生らしき方がその前を通りがかり小声で「邪魔くせえんだよ・・・」と言って通り過ぎていきました。もちろん、更衣室で場所を取っていたこちらにも非があったのかもしれません。しかし、「そこまで言わなくても…」と戸惑いつつ、同じ武道家としてちょっと悲しい気持ちになりました。
こうした経験から、「武道をやっている=人格者」とは限らない、と感じました。実際、黒帯や高段者になっても、誰もが人格者のような振る舞いをするわけではありません。帯の色や段位はあくまでも技術的な指標であり、それだけで“人としての優劣”を表すわけではないのです。
道場は「失敗をする場所」
一方で、合気道の稽古には“人格形成”に役立ちそうな要素もたくさんあります。
たとえば、道場は「何度失敗してもいい」と言われる場所です。技術的な失敗だけではなく、人としての在り方を試行錯誤する場所でもあります。
- つい相手を乱暴に投げてしまった…
- 自分の不調をコントロールできず、イライラを技に反映してしまった…
そういった失敗を繰り返すうちに、少しずつ自分の弱さやクセを客観視できるようになっていきます。これは“自分の人間性”に気づかせてくれる大切なプロセスと言えるでしょう。
リフレッシュ&定点観測の場
さらに、合気道の稽古はストレスやモヤモヤをリフレッシュする場にもなります。体を動かすことで心の切り替えができ、稽古後には不思議と気持ちが軽くなっている。だからこそ、道場を忙しくても通う方も多いのではないでしょうか。
また、定期的に稽古を続けることで自分を定点観測することができます。「1ヶ月前はバタバタ動いていたけど、今は少し落ち着いて対処できるようになった」「前はこんなことで怒っていたけど、今はあまり気にならない」――そうした小さな変化を積み重ねることが、合気道を学ぶ醍醐味の一つです。
学校では学べない「協力ゲーム」
我々は学校では試験で評価され順位をつけられ、学び何かしらの分野で勝つことを学びます。
しかし、日常においては、勝つことにこだわるよりも仲間と協力することの方がはるかに重要で(なおかつ”勝ち”に近づける)、ここに学んできたことと日常とのギャップが発生します。ここを埋めるのが合気道で、一対一で協力することをひたすら学びます。
人格を磨くには「いいところを真似する」
では、合気道のなかで人格を磨くとしたら、どんな方法があるのか?
先輩や仲間の“いいところ”を探して、積極的に真似してみる――これはとてもシンプルですが有効な手段です。礼儀正しさや相手を思いやる言動、謙虚さなど、技術とは別のところにこそ「学ぶべき姿勢」がたくさんあります。
「白帯だから未熟」「黒帯だから偉い」といった単純な図式に陥らず、「あの先輩のあの振る舞いは素敵だな」「あの人は相手をリスペクトしていてかっこいいな」と感じたら、それを素直に取り入れてみましょう。
冒頭のある剣道の先生の例は、上記の人格を磨くプロセスを軽視し、段位が人格と比例していると勘違いした結果かもしれません。
まとめ:合気道で人格は磨かれるか?
合気道が人格を形成するのかどうか――正直なところ、私自身は「確実にそうなる」とは言い切れません。
しかし、合気道を稽古するプロセスの中で、自分の弱さや至らなさに気づき、どう改善していくかを考える機会が得られるのは確かです。失敗や葛藤を重ねながらも稽古を続けることで、人としての伸びしろに気づき、それを少しずつ埋めていく。そこに“人格が磨かれる”要素があるのではないでしょうか。
今どきこんな効果が分かりづらい武道ってあるのでしょうか笑。でも、実際に関わる大きなことはいつも行動と効果が分かりづらいものです。例えば結婚して幸せになるのか、いい会社に入って幸せになるのか、お金持ちになると幸せになるのか、絶対的な答えはないんじゃないでしょうか。
道場を出たらまた日常が待っています。合気道の理念や稽古の姿勢が、ふとした瞬間に役立つことがあるかもしれません。もしそれを実感できたなら――そのとき初めて、「ああ、合気道をやっていてよかった」と思えるのではないでしょうか。
