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コラム: 「塩田剛三先生が道場訓を「作らなかった」理由」

📰 出典: ニュースレター2025年8月度


みなさんは、無限塾 東京・鎌倉の「道場訓」をご存じですか?

道場訓とは、道場が定めた心構えや行動規範のことです。空手や柔道などの道場では、道場訓を掲げているところも多く見られます。

しかし、結論から申し上げると、我が道場には道場訓はありません。そしてこれは、我々のルーツである養神館系の道場全般に共通している特徴でもあります。

では、なぜ道場訓を設けないのでしょうか? 養神館合気道の創始者・塩田剛三先生は、著書『合気道修行』の中で、こう述べています。

「武道の本質は、他人から理屈で教わるものではなく、修行を通じて自分で見出すものだ」

この考えに基づき、塩田先生はあえて道場訓を設けませんでした。その代わりに、基本動作や技の中に思想を込め、体験を通じて弟子たちに伝えたのです。

つまり、言葉で教えるのではなく、体と心で感じ取ることこそが修行の本質であり、それが道場の存在意義だと考えられていました。

靴泥棒と靴箱の話

塩田先生の著書には、こんなエピソードがあります。ある時、道場で生徒の靴が盗まれる事件が何度も起きました。汚れた靴で来た生徒が、きれいな靴を履いて帰っていく。そんなことが何度か続き、「犯人を捕まえよう」という声も上がったそうです。

しかし塩田先生は、それを制止しました。代わりに靴箱の整理整頓を指示したのです。乱雑だった靴箱が整えられた途端、不思議なことに盗難はぴたりと止まりました。先生はこう考えていました。

「乱れた環境が、生徒の心を歪め、盗みという行動を誘発したのだ」

もしその場で犯人を捕まえていたら、恨みを買って暴力沙汰になるかもしれない。あるいは、また別の誰かが同じ過ちを繰り返していたかもしれない――。

だからこそ、環境を整えること、雰囲気を整えることが道場には当たり前にあります。だから、というわけでないですが、東京の道場では特に下駄箱やトイレは余計なものを置かないよう気を配っています。

「相手の嫌がることはしない」は、難しい

道場訓は人としてのあり方や振る舞い方を書くことが多いです。「相手の嫌がることはしないようにしましょう」――誰もが知っていることですが、実践するのは簡単ではありません。これは稽古中にもよく現れます。

たとえば、「正面打ち一か条抑え(二)」の稽古中に、肘を逆関節に押し込むような力任せの技をしてしまうことがあります。そのとき、自分の肩は力み、呼吸は止まり、相手の体はこわばっている。にもかかわらず、「倒れてくれない」とさらに力を加えてしまう――。そんな経験、誰しもあるのではないでしょうか。

本来、技はソフトに、左右の手で均等な圧力をかけ、腰から動かすことが大切です。それができるようになると、道場だけでなく、日常生活でも人との関わり方が変わるかもしれません。

正しい手順については以下のYouTubeを見てね! 正面打ち一か条抑え(二)の動画

最後に

道場訓はないものの、私なりに様々なメッセージを稽古に詰めています。それが皆さんにどう思ってもらえるかはわかりません。みなさんはみなさんなりの道場訓を見つけ、そして作り出してみてくださいね。

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